イントロダクション

世界の映画人から慕われる フランスの女性監督 アニエス・ヴァルダ。 彼女の人生には、いつも大きな海、美しい浜辺があった。

アニエス・ヴァルダ、1928年生まれ。写真家として活動を始め、’54年、長編映画監督としてデビュー。ヌーヴェル・ヴァーグの代表作の一本「5時から7時までのクレオ」(’62)、印象派の絵画のような田園風景に、男女の機微を鋭く描いた「幸福」(‘64)、ヴェネチア映画祭・金獅子賞に輝いた「冬の旅」(’85)・・・、長きに渡りフランスのみならず世界の映画人に刺激を与え続け、映画史に残る名作を生んできた比類なき女性監督。

今年、81歳になった彼女が、世界中のドキュメンタリー映画賞を独占した「落穂拾い」(’00)に続いて、再びカメラを携えて旅に出ました。それは、彼女自身の豊かな人生をたどるめくるめく旅・・・。彼女の人生には、いつも浜辺がありました。子供時代を過ごしたベルギーの浜辺に始まり、戦火を逃れて疎開した南フランスの港町セート、夫・ジャック・ドゥミと渡ったアメリカ・西海岸・・・。自身、家族、友人、そして夫について思いを馳せながら続ける旅は、アニエスの個人史であるとともに、第二次世界大戦、戦後、ヌーヴェル・ヴァーグ、フラワーチルドレン、ウーマン・リヴ・・・、さながら現代史、そしてフランスの芸術史でもあります。

画面に登場するアニエスの大切な人たち。彼らはまさに20世紀の顔となった人々です。哲学者、文学者、美術家、写真家、音楽家、演劇人、そしてもちろん映画人、アラン・レネ、ゴダール・・・、ヌーヴェル・ヴァーグの盟友たちのほか、今やハリウッドの大スターとなったハリソン・フォード、ロック界の巨星ジム・モリスン等。意外な人物たちとの交友関係が明らかになるのも見どころのひとつです。

人生は、まるで宝箱のよう。 散りばめられた宝物。それはアニエスの 歓び、悲しみ、出会い、別れ。家族への愛、映画への愛。

「アニエスの浜辺」で浮き彫りにされるのは、彼女の自由な精神です。瑞々しい感性と創造力、ユーモア、盛んな知的好奇心、今なお革新的な映像表現を追及する姿勢、そして亡き夫・ドゥミを思い続ける一人の女性としての姿。「シェルブールの雨傘」'63)で知られるジャック・ドゥミ監督との出会いは、1958年に遡ります。フランス映画界きってのおしどり夫婦として知られた二人の生活は、ドゥミ監督が不治の病に倒れ、90年10月に亡くなるまで続きました。病床のドゥミ監督に励まされながら、彼女が完成させた「ジャック・ドゥミの少年期」(’91)製作のエピソードは、二人の深い愛情と信頼関係を感じさせ、観る者の心を締めつけることでしょう。

昨年12月、フランス本国では、ドキュメンタリー作品としては異例の60館で公開。アニエスを知らなかった若い観客たちは驚きと憧れを持って迎え入れ、共に生きてきた中高年層には勇気と活力をもたらして、25万人以上を動員する大ヒットとなりました。

誰もが魅了されずにはいられないチャーミングな女性アニエス・ヴァルダ。しかし、アニエスは目的地にたどり着いたのではありません。まだ旅の途上です。さあ、あなたもアニエスと一緒に旅に出てみませんか?